2005年5月21日土曜日

笑った

よくいくブログで紹介されていたブログです→「 プレステ3のロゴは、映画「スパイダーマン」のタイトル文字!?
とりあえず、笑っとけ。w

あと「ココ」も同じブログで紹介されてたブログです。
内容的に、ちょっといろんな意見があるかなぁって感じだけど、個人的にはこのブログと、全てではないけど概ね同意見です。

2005年5月16日月曜日

なんだかもやもや

今日息子をかかりつけ医に連れて行ったんですよ。
夕べから発熱でしんどそうだったから、朝一番で。
かかりつけ医は、割と大きな駅前にあるんですが、まぁ、いわゆる某脱線事故が起きた市内なので、あの路線とは違う鉄道会社の駅なんだけど、JRの代替輸送のお知らせ看板持ったJR職員が立ってたんですよ。
20代くらいの、少なくとも私より若い人二人で、黒っぽいスーツに無地のやっぱり濃い色のネクタイでした。
神妙な顔で立ってました。
それはやっぱり仕方がないよね。
現場の人は頑張ってるって言うような報道はされてるけど、JRの職員である以上ヘラヘラは出来ないでしょう。
で、その前を通り過ぎようと思ったら、そこへおそらく40代か50代前半くらいの、ちょっとなんだか、服装が……って言うようなおばさんがやってきて、「一体何人亡くなったの!!」とか言い出したんですよ。
思わず「え〜!!」とか心で叫んで振り向いちゃいました。
それで、職員の人が「107人です」って小さい声で答えてたら、「また増えたの!!」とか「反省してるの!!」とか、「亡くなった人に申し訳ないとか思わないの!!」とか、なんかもうね、当事者かもしれないけど(実際に電車に乗ってたとか遺族とかマンションの住民とか)、どちらかと言うとそういう感じに見えなくて、むしろ自分のストレスを発散させるために罵声を浴びせかけてる感じ。
職員は、反論する訳にもいかないだろうし、したらそれこそ大問題だし、ただ頭を下げてたけど、なんだかなぁって……。
私は電車に乗っていた被害者に知り合いはいなかったし、もしかしたらそのおばさんは自分が乗り合わせてたとか知り合いがいて憤っていたのかもしれないけど、でもさ、憤慨してたとしても、文句を言いたかったとしても、あんな文句の言い方は、なんだか見てる方にもやもや感が残りました。
子供の体調が悪かったので、すぐにその場を去ったけど、あのおばさんはそのあとも文句を言っていたのでしょうか?
やはり不満の表明とかって言うのは、表現の仕方一つで周囲の人間から好意的に見られるか、見られないかって言うのが大きく分かれるなぁと……。
実は昔からの知人の一人が実はマンション住民で、最近は連絡取ってなかったんだけど、先日共通の知人からお見舞金についての連絡網の電話がかかってきて、初めてその人がそこに住んでたことを知りました。
既にあのマンションからは引っ越したらしいけど、子供の通学問題とかいろいろ大変らしい。
確かに、知人も含め被害者の方々は気の毒だと思うし、JR西日本、いい加減にしなさいよとは思う。
でも、現場の代替輸送のお知らせの看板を持っている職員に難癖つけて困らせることが、その「いい加減にしなさいよ」と思うことを表明することではない気がします。
あと、その連絡網を回してきた共通の知人、あの現場を見物に行ったとか普通に話されて(野次馬で行った〜なんて笑って言うし……)、はっきり言って、それにももやもや感……(知人程度なので、それはどうかと思うなどと注意するほど親しくないというのも……)。
親しい友人達と、現場は市内だけど、不謹慎だし近寄らないようにしようねなんて話してたくらいだったので……。
実は、あの踏切は日頃、裏道感覚で使うことも多かったんだけど(車で走ってるときね。歩いて行ったり自転車で行くには遠いです)、事故後わざわざ使わないようにしていたくらいだったのに。
なんだかね、いろんな意味でもやもやが残るのですよ。
文句を言っていたおばさんへも、共通の知人へも、JR西日本にも、いろいろもやもや感が残っています。
そう、マスコミに対しても、かなりもやもやしています。
当日、そしてしばらくの間、本当に騒音公害と思うほどヘリコプターが低空を何台も飛んでたけど、救出活動の邪魔だとしか思えなかったし(騒音がレスキューの邪魔になると言う阪神淡路大震災の教訓は生かされてなかったとしか……)、丁度あの頃娘が入院していたんだけど、その病院の隣がJR西日本の本社で、病院の駐車場を出て帰ろうとした時に、細い道にはみ出すようにして中継車だの何だのが停まってて、ぶつけないようにすごく気を使ったし(細くて1車線で一方通行で、その道以外駐車場から出る道はない)、別の知り合いによるとマンション周辺には取材の人が残していった大量のゴミがあって、その片付けを住民がしなくちゃいけなかったらしいし(町内会かなにかで話題になったらしい)、マスコミがいろいろ追求してるのは、それは悪いことじゃないけど、迷惑かけないようにして欲しいと思うのは、一般市民として過大な要求ではないような気がします。
いろんな意味で、本当にもやもや感が残っています。
被害にあわれた方や、マンション住民の方には、本当にお気の毒だと思いますし、心からお悔やみを申し上げたいとも思うし、地域住民として力になれることはなりたいなと思うけど、それだけで終われないというのは現実なんだなぁと……。
あんなマスコミだの何だの、一般市民から見てもやもや感が残るような状況に巻き込まれていることは、大丈夫なのかなぁと心配してしまいます。

2005年5月11日水曜日

懐かしいものを見つけた

ネット上をフラフラと漂っていた時に、えらく懐かしいものを見つけました→「ある騒動の記録
元々、ネットというものに関わり始めたのは20年近く前。
もちろんインターネットなんてありません。
パソコン通信っていうものです。
その後就職し、UNIXのSEになりました。
商用解放前のインターネットにどっぷり浸かった会社生活。
家に帰ってもパソコン通信。
商用解放されてからはパソコン通信→インターネットに家庭のネット環境が移行したのは当然の結果でした。
それこそ、従量課金制の頃から、ダイヤルアップしかなかった時代から、ISDNでさえ高速といわれていた時代からネット環境があった訳ですし、パソコン通信に慣れていれば、巨大掲示板というものに何の違和感も持たなかったのも事実です。
というか、巨大掲示板以前に、ネットニュースで技術者として発言を繰り返してきていた人間ですから、巨大掲示板にもあまり忌避感はありませんでした。
ただ、根本的に違っていたのんは、ネットニュースの利用者が研究者と技術者主体で、基本的には本名で所属も添えて発言するのに対して、巨大掲示板は匿名であったということ。
さらに、ネットニュースはNNTPのプロトコルであったのに対し、巨大掲示板はWWWであったということから、初心者が多く流入し、それがいい面と悪い面の両方に増幅させていた気がいたします。
それは、やっぱり長くネットに携わっていたためか、皮膚感覚でわかる訳で、ROMに徹していたのは、自分の防衛意識だったのかもしれませんが。
で、ここで私が書いている巨大掲示板ですが、多くの方が「2ch」を想像すると思います。
が、残念ながら、今、書いているのは「あめぞう」というものだったりします。
「あめぞう」は「2ch」の前身などといわれていますが、まぁ、その辺は結構複雑というか暗いというか……(それらのことが知りたかったら検索でもしてください)。
でも、まぁ、なんにしろ「あめぞう」の形式をよりメジャーな、けれどアングラな形で引き継いだのが「2ch」であったのは事実です。
IPを記録していないと当初は喧伝されていたこともあって(実際は転売とかいろいろあると言われていましたけどね)、匿名でなければ書けないようなことが書かれ、それが犯罪に関わるようなことだったりしたものも中にはあった訳で、センセーショナルにマスコミに取り上げられたりするようになります。
そして、「2ch」は、より巨大化していく訳ですが、その中で起きたある騒動のことを振り返って作られたFlash作品です。
今では、あの騒動自体、自演だったのでは……という憶測も飛び交っていますが……。
あれからもう4年かぁという思いと、まだ4年なんだ……という思いがあります。
ついこの間のような気もするし、すっごく昔なような気もするって感じですね。
今でこそ、Mac関連の所くらいしか覗きませんが、当時は元々がUNIXのSEであり、現役Webデザイナーであったということもあって(今はWebデザイナーはお休み中、ってか、趣味程度)、件のUNIX板はずっとROMしていましたので(というか、当時から技術者関連の所くらいしか定期的に覗いてなかったなぁ)、リアルタイムで知っている騒動だったりして……。
思わず懐かしいなぁって気になりました。
「2ch」は、まだいろいろいわれるけど、技術的なことに関しての情報っていう面では、かなり高レベルな話が聞けますし、自分の得意ではないカテゴリーに関しても勉強できるので、役に立っていますが(自分で質問しなくても、過去ログさかのぼれば大体答えがありますしね)、技術関連以外の所に関しては、よくわからないというのが本音。
伝統芸能板とかは、ごく稀に覗くこともあるけどね。
古い考え方なのかもしれないけど、「2ch」独特の言葉を使いたいとは思わないですし……。
普通の社会の中で、違和感感じる言葉は、極力使いたくないなぁって感じかな。